世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブス

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宗像関連古文書・史料

  • 今川了俊書下/
文書群名 八巻文書第4巻
文書番号 99
文書名 今川了俊書下
和暦 永和四年二月二十五日
西暦 1378年 2月 25日
本文 宗像大宮司氏俊代申壱岐嶋石田保内薬師丸地頭職事。度々被仰之処、志佐浜田修理亮入道尚以違乱〈云々〉。太不可然。好而招其咎歟。所詮、不日停止彼妨、沙汰付下地於氏俊代、可執進請取之状。若猶不事行者、可有殊沙汰之状如件。
  永和四年二月廿五日   沙弥(花押)
   志佐男房殿
読み下し 宗像大宮司氏俊代申す壱岐嶋(石田郡)石田保内薬師丸地頭職の事。度々仰せらるるの処、志佐浜田修理亮入道尚ほ以て違乱すと〈云々〉。太だ然るべからず。好みて其の咎を招くか。所詮、不日彼の妨げを停止し、下地お氏俊代に沙汰し付け、請取の状を執り進らすべし。若し猶事行ずんば、殊の沙汰あるべきの状件の如し。
  永和四年二月廿五日   沙弥(今川貞世・了俊)(花押)
   志佐男房殿
大意 今川了俊、宗像大宮司氏俊代が訴えた壱岐島石田保内薬師丸地頭職に対する浜田修理亮の違乱を停止させ、志佐男房に命じて下地を氏俊代に渡付し、請取状を出させる。
紙質 斐紙
寸法(縦) 28.1cm
寸法(横) 33.7cm
備考
出典 『宗像大社文書』第1巻