世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブス

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日本全国の宗像神社・関連スポット

    件名 御霊神社(八所神社)(みたまじんじゃ)
    種別 神社
    所在地 福岡県宗像市吉留3186
    概要 神武天皇天業ヲ恢弘セント、日向国ヨリ舟師ヲ師ヒテ、東征シ給フ時、遠賀ノ郡岡ノ湊ニ少焉ク蹕ヲ駐メ当郡蔦岳ニ到給フニ当社ノ神、赤馬ニ乗リ、形ヲ顕シテ、人民ヲ指揮シ、皇軍ニ從ハシメ、永ク当地ノ守護神タルベシト誓ヒ給フ。則チ其所ヲ名付テ、赤馬ト云。又清浄ナル地ニ鎮リ座ントテ、吉キ所ニ留リ給フ。故ニ吉留ト云ヘリ。
    宗像大宮司分限帳ニ、田地二町三反、赤間庄八所宮社領ト見ユ。豊臣秀吉ニヨリ没収ス。小早川隆景奉納、太刀一振、幕一聯、御饌田二反五畝歩アリ。卿十一ヶ村総鎮守代神トシテ維新ニ達シテハ各村ニ於テ、俵米ヲ献納シ、例祭神幸ニ供奉スルアリ。
    明治五年十一月三日村社ニ定ラル。明治四十二年三月六日郷社ニ昇格許可、昭和九年九月二十二日県社加列、昭和九年十月九日神饌幣帛料供進指定。
    境内神社六社
    八幡神社(応神天皇)由緒住吉ヨリ村民信仰ニヨッテ歓談スト云。其後明治七年十月社殿再建
    稲荷神社(蒼魂神)由緒住吉ヨリ人民信仰ニヨリ勧請スト云。
    大歳神社(大年神)由緒不詳
    菅原神社(菅原道真)由緒不詳
    貴船神社(闇龗神)由緒不詳
    須賀神社(素戔嗚尊)由緒不詳
    【宗像神社史】御霊神社(八所神社)
    御縁起に百八社の一つとして「御霊明神」と同高宮下符社のうちに「御霊明神社」と見え、正平年中行事に七十五社の一つとして、上高宮下符社のうちに「御霊明神」と同高宮下符神事の條には「御霊明神」(十一月廿三日)とある。延宝末社帳には、「御霊明神、八所御霊・吉備大臣」とある。宗像郡誌上編の八所神社(吉留村大字吉留字宮尾)の條に「今按ずるに、此社八所の御霊を祭れる社にて、宗像末社記に御霊社とある社にてもあらむか」とするのは聴くべき説といへよう。続風土記以下では、八所神社の祭神を天神七代の惶根尊以下の八神に充てる説に従っているか、延宝末社帳に「八所御霊・吉備大臣」とする説に従ふを妥当とする。宗像大宮司分限帳には、田地二町三反、赤間庄八所宮社領とある。
    現今、例祭は十月十九日。社殿は本殿(流造)・拝殿・渡殿・神饌所・神輿庫・宝蔵・頓宮・舞台・社務所。氏子380戸である。
    現況=神域は美しく広い。平成の御造営で整備されたものか、末社等も新改築されている。又奥山はキャンプ場などに開放され夏期学習の野外活動に利用されている。境内前200メートル余の小高き処に「安康の松碑」がある。松は「害虫」破により枯れ、石碑あり。又祇園社石祠は現存している。往古の頓宮はこの地であったが、現存は約7・800メートル離れた県道(宗像・鞍手線)横に「お旅所」が作られている。この県道横左側に第一鳥居が建っている。またこの近くに、幕末の有名武人早川勇の銅像も建っている。
    旧社格 旧村社
    祭神 伊弉諾命・水象女命・事代主命・伊弉明命・大山紙命・石名媛命
    時期
    特記事項
    出典・参考文献・HP
    関係論文1
    関係論文2
    関係論文3