宗像地域の文化財
名称 |
武丸正助 |
種別 |
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所在地 |
宗像市武丸199 正助ふるさと村 |
形態 |
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調査年 |
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保存状況 |
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出土遺物 |
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時期 |
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説明 |
親孝行の働き者として 知られ、今も 武丸の正助さん として市民に親しまれている武丸正助は、寛文十一年(一六七一)、筑前武丸村土師上(現・宗像市武丸土師上)の貧しい家庭の長男として生まれます。両親と三人で借家に住み、近所の家の手伝いなどをして暮らしていましたが、いよいよ生活が苦しくなり、母とともに奉公に出ます。正助は一日も早く皆で暮らすため、一所懸命仕事に励みます。そして、二十一歳でようやく家に戻り、親子三人で生活できるようになった正助は、心を尽くして親孝行に励みました。 その孝行ぶりと勤勉実直な人柄は、様々な逸話として伝えられています。ある曇りの日のこと。外出しようとする正助に、父は雨になるから下駄を履くようにと言い、母は天気はよくなると草履を勧めます。正助はどちらにも背けないと、下駄と草履を片足づつ履いて出かけました。また冬には、両親が寒くないように夜具を自分の体温で温めるなど、常に父母を敬い、心を配ったといいます。 正助の篤行は藩主の耳にも届くほどで、郡奉行からは田を贈られ、藩主からは年貢米を免ぜられたそうです。また、宝暦七年(一七五七)に八十七歳で亡くなった後には、徳川幕府が編纂した『孝義録』にもその遺徳が紹介され、後世に伝えられました。 |
法量・規模・面積 |
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所蔵 |
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参考文献 |
宗像市 2009『宗像遺産 暮らし遺産編』 |
図録ページ |
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