宗像関連古文書・史料
文書群名 |
近藤清石写本宗像文書 |
文書番号 |
3 |
文書名 |
関東御教書写 |
和暦 |
嘉禄元年十二月二日
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西暦 |
1225年 12月 2日 |
本文 |
筑前国宗像社解遣之。如状者、〔造脱カ〕宇佐宮用途米事、当社垂跡天応以後五百余歳之間、更不勤仕之処、遠景朝臣宰府・宇佐奉行之時、以新儀、管内之庄園・神社仏寺平均雖令支配、為 本家八条院御沙汰、被経奏聞、蒙免除畢。而今付数百人之使、令催促之間、有限本所御年貢〔不脱カ〕可及違乱。□〔然カ〕者、〔任脱カ〕先例、於致其勤者、不及対捍。至于為新儀者、可被止彼責之状、依仰執達如件。 嘉禄元年十二月二日 武蔵守〈押字〉 相模守〈押字〉 前大宰少弐殿 |
読み下し |
筑前国(宗像郡)宗像社の解これを遣はす。状の如くんば、造(豊前国宇佐郡)宇佐宮の用途米の事。当社垂跡天応以後五百余歳の間、更に勤仕せざるの処、(天野)遠景朝臣宰府・宇佐奉行の時、新儀を以つて、管内の庄園・神社仏寺平均に支配せしむといえども、本家八条院の御沙汰として、奏聞を経られ、免除を蒙り畢んぬ。而るに今数百人の使を付し、催促せしむるの間、限りある本所御年貢違乱に及ぶべからず。然れば、先例に任せ、其の勤を致すにおいては、対捍に及ばず。新儀たるに至りては、彼の責を止めらるべきの状、仰せに依つて執達件の如し。 嘉禄元年十二月二日 武蔵守(北条泰時)〈押字〉 相模守(北条時房)〈押字〉 前大宰少弐殿
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大意 |
鎌倉幕府、前大宰少弐に命じて、宗像社の造宇佐宮用途米を停止させる。 |
紙質 |
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寸法(縦) |
cm |
寸法(横) |
cm |
備考 |
宗像社家文書惣目録37(イ)に対応。
宗像氏緒蔵(近藤清石写本宗像文書14号参照)。 |
出典 |
『宗像大社文書』第2巻 |
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