宗像関連古文書・史料
文書群名 |
宗像家文書 |
文書番号 |
23 |
文書名 |
預所橘知嗣下文写 |
和暦 |
文永六年二月 日
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西暦 |
1269年 2月 |
本文 |
下 筑前国宗像庄官等 可令早且依建長元年九月十七日富小路殿政所御下文以下証文理、且任今年正月廿七日同御教書旨、武藤六郎兵衛入道覚然領知当庄内土穴・稲本・須恵三箇村名主職事 副下 御教書 右、得覚然解状偁、当職者宗像前大宮司氏重亡母張氏之所帯也。爰張氏以覚然為養子、去承久二年以自筆譲給彼三箇村於覚然畢。氏重可為代官職之旨、種々令懇望之間、所充給也。仍相従覚然之所勘経年序之後、忽忘芳心、氏重令敵対于覚然之間、建長元年於関東捧張氏譲状并氏重契状及次第証文等、訴申子細之日、彼所被去進 院御領之間、於今者不及関東御成敗之旨、同年八月九日下給御教書之間、覚然企帰洛、依申入事由於本所、被召決両方之刻、氏重之無理、令露顕之間、覚然令拝領政所御下文畢。知行無相違之処、氏重之後家并子息氏村等構姦謀之余、三箇所内須恵村者、依為国領、不致避進之由、令訴申之時、重々有御沙汰、先度御教書不可有相違之趣、重被下勘決御下知畢。而氏村等経累年後、去々年掠申関東御教書、又以濫訴覚然、以前御沙汰之次第、一々令申披之処、如去年〈文永五年、〉九月十日関東御下知状者、筑前国宗像社前大宮司氏重後家并氏村・氏遠等申社領土穴・稲本・須恵三箇村事、先度被進 仙洞之間、今更所不及沙汰也。以此旨可令申入富小路殿之状、依仰執達如件云々。関東度々御沙汰併可為本所御成敗之条厳重也。然則於自今以後者、永停止氏重後家并氏村・氏遠等非分之競望、且依相伝、且任証文、覚然知行不可相違之旨、重下賜政所御下文、欲備向後亀鏡矣云々者、不可依違建長御下文之由、所被仰下也。覚然早為彼三箇村名主職、所当公事無懈怠可令備勤之状、所仰如件。庄官等宜承知、勿違失。故下。 文永六年二月 日 預所前中宮権大進橘朝臣(花押) |
読み下し |
下す 筑前国宗像庄官等 早くかつうは建長元年九月十七日富小路殿(西園寺実氏)政所御下文以下証文の理に依り、かつうは今年正月廿七日同御教書の旨に任せ、武藤六郎兵衛入道覚然(為頼)をして領知せしむべき当庄内(宗像郡)土穴・稲本・須恵三箇村名主職の事 副へ下す 御教書 右、覚然の解状を得るに偁く、当職は宗像前大宮司氏重亡母張氏の所帯なり。爰に張氏覚然を以て養子として、去る承久二年自筆の譲りを以て彼の三箇村を覚然に給ひ畢んぬ。氏重代官職たるべきの旨、種々懇望せしむるの間、充て給ふ所なり。仍つて覚然の所勘に相従ひ年序を経るの後、忽に芳心を忘れ、氏重覚然に敵対せしむるの間、建長元年関東において張氏の譲状并びに氏重の契状及び次第証文等を捧げ、子細を訴へ申すの日、彼の所 院御領に去り進らせらるるの間、今においては関東の御成敗に及ばざるの旨、同年八月九日御教書を下し給はるの間、覚然帰洛を企て、事の由を本所に申し入るるに依り、両方を召し決せらるるの刻、氏重の無理、露顕せしむるの間、覚然政所御下文を拝領せしめ畢んぬ。知行違無きの処、氏重の後家并びに子息氏村等姦謀を構ふるの余、三箇所内須恵村は、国領たるに依り、避進を致さざるの由、訴へ申さしむるの時、重ね重ね御沙汰あり、先度御教書相違あるべからざる趣、重ねて勘決の御下知を下され畢んぬ。而るに氏村等累年を経るの後、去々年関東御教書を掠め申し、又以て覚然を濫訴す。以前御沙汰の次第、一々申し披かしむるの処、去年〈文永五年、〉九月十日関東御下知状の如くんば、筑前国宗像社前大宮司氏重後家并びに氏村・氏遠等申す社領土穴・稲本・須恵三箇村の事、先度 仙洞(後嵯峨院)に進らせらるるの間、今更沙汰に及ばざる所なり。此の旨を以て富小路殿に申し入れしむべきの状、仰せに依つて執達件の如しと云々。関東度々の御沙汰併しながら本所の御成敗たるべきの条厳重なり。然れば則ち自今以後においては、永く氏重後家并びに氏村・氏遠等非分の競望を停止し、かつうは相伝に依り、かつうは証文に任せ、覚然の知行相違すべからざるの旨、重ねて政所御下文を下し賜はり、向後の亀鏡に備へんと欲すと云々者れば、建長の御下文に依違すべからざるの由、仰せ下さるる所なり。覚然早く彼三箇村名主職として、所当公事懈怠無く備勤せしむべきの状、仰する所件の如し。庄官等宜しく承知し、違失する勿れ。故に下す。 文永六年二月 日 預所前中宮権大進橘朝臣(知嗣)(花押) |
大意 |
預所橘知嗣、本所の成敗として、前大宮司氏重後家等の濫訴を退け、土穴・稲本・須恵三箇村名主職を武藤六郎兵衛入道覚然(為頼)に安堵する。 |
紙質 |
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寸法(縦) |
cm |
寸法(横) |
cm |
備考 |
寸法は22号から31号まで一連で(文政5年(1822)青柳種信書写)、二十三紙継ぎ(各紙の横寸法については原本参照)。
『宗像大社文書』第1巻43号の写し。
原本の注記「西国寺実氏」を「西園寺実氏」に訂正。 |
出典 |
『宗像大社文書』第2巻 |
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