世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブス

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宗像関連古文書・史料

  • 詔書後叙/
文書群名1 八巻文書第7巻
文書群名2
文書名 詔書後叙
和暦 宝永七年十月下旬
西暦 1710年 10月
本文 後醍醐帝所賜于宗像大宮司之 詔書一幅、方近古之乱世紛失、在□〔乎〕肥前州佐賀邑人□〔武〕富咸亮之家。曩□□〔歳其〕子英亮来告余曰、吾家夙葆蔵於 綸旨久矣。余告之宗像祝人嶺氏春、氏春□□〔欲得〕之献広前。□〔余〕感其志、送書於武□〔富〕氏、乞之。武富氏○〈父子〉不吝惜、属之价手。余授之□〔氏〕春、氏春怡悦而感戴焉。先献之 神廟而恐人之覬覦深秘蔵其家。蓋欲伝之永久而為神宝也。為 神忠誠深乎哉。氏春姓宗像、為大宮司之苗裔。其家号徳万。以嶺為氏、世為祠職云尒。
宝永七祀初冬下旬九九翁貝原篤信謹書
読み下し 後醍醐帝宗像大宮司(氏範)に賜はる所の 詔書一幅、近古の乱世に方つて紛失、肥前州佐賀邑の人武富咸亮の家に在り。曩の歲に其の子英亮来りて余に告げて曰く、吾家夙に 綸旨を葆蔵すること久しと。余これを宗像の祝人嶺氏春に告ぐるに、氏春これを得て広前に献ぜんと欲す。余其の志に感じ、書を武富氏に送り、これを乞ふ。武富氏父子吝惜せず、これを价手に属す。余これを氏春に授くるに、氏春怡悦して感戴す。先づこれを 神廟に献じて人の覬覦を恐れて深く秘して其の家に蔵す。蓋しこれを永久に伝へて神宝となさんと欲するなり。 神のための忠誠なること深い哉。氏春姓は宗像、大宮司の苗裔たり。其の家徳万と号す。嶺を以て氏となし、世祠職となると云ふことしかり。
宝永七祀初冬下旬九九翁貝原篤信(益軒)謹書
大意 前号の二年前のもので、ほぼ同旨。
紙質 楮紙
寸法(縦) 26.5cm
寸法(横) 37.8cm
備考
出典 『宗像大社文書』第1巻