世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブス

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宗像関連古文書・史料

  • 詔書後叙/
文書群名1 八巻文書第7巻
文書群名2
文書名 詔書後叙
和暦 正徳二年清明日
西暦 1712年 月
本文   詔書後叙
後醍醐帝所賜于宗像大宮司之 詔書一幅、方近古之乱世紛失、在乎肥前州佐賀邑人武富咸亮之家。
曩歲其子英亮来告余曰、吾家夙葆蔵於綸旨久矣。厥後、余告之宗像県祝人嶺隼人氏春、氏春欲得之献 神廟。余感其志、送書於武富氏、乞之。武富父子不敢吝惜、属之价手而来。余授之氏春、怡悦而感戴、献之 広前。厥志、欲伝之永久而為 神宝也。為 神之忠誠深乎哉。氏春之家、号徳万。以嶺為氏、世為祠職。近来士庶、聞 詔書之還納于 神祠而為永宝、悦之者多矣。於此有感氏春之労費而献財於 広前致丹誠者矣。因茲聯書於献者之姓名於巻尾、以伝之無窮云尒。
正徳二祀清明日
  八十三翁貝原篤信拝書(印)(朱印、印文「貝原篤信」)
 献者姓名 貝原小五郎嘉一
      大田源右衛門利昌
読み下し   詔書後叙
後醍醐帝宗像大宮司(氏範)に賜はる所の 詔書一幅、近古の乱世に方つて紛失、肥前州佐賀邑の人武富咸亮の家に在り。曩の歳に其の子英亮来りて余に告げて曰く、吾家夙に綸旨を葆蔵すること久しと。厥後、余これを宗像県の祝人嶺隼人氏春に告ぐるに、氏春これを得て 神廟に献ぜんと欲す。余其の志に感じ、書を武富氏に送り、これを乞ふ。武富父子敢へて吝惜せず、これを价手に属して来る。余これを氏春に授くるに、怡悦して感戴し、これを 広前に献ず。厥志は、これを永久に伝へて 神宝となさんと欲するなり。 神のための忠誠なること深い哉。氏春の家、徳万と号す。嶺を以て氏となし、世祠職となる。近来士庶、 詔書の 神祠に還納されて永宝となるを聞き、これを悦ぶ者多し。此において氏春の労費に感じて財を 広前に献じ丹誠を致す者あり。茲に因つて献者の姓名を巻尾に聯書し、以てこれを無窮に伝へんと云ふことしかり。
正徳二祀清明日
  八十三翁貝原篤信(益軒)拝書(印)
 献者姓名 貝原小五郎嘉一
      大田源右衛門利昌
大意 貝原篤信(益軒)、書を肥前の武富咸亮に送り、長く武富家に蔵されていた後醍醐天皇綸旨を請い、それを嶺氏春に授け当社に返納する。
紙質 斐紙
寸法(縦) 35cm
寸法(横) 57cm
備考
出典 『宗像大社文書』第1巻