世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブス

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宗像関連古文書・史料

  • 官宣旨案/
文書群名 八巻文書第1巻
文書番号 12
文書名 官宣旨案
和暦 元弘三年七月二十六日
西暦 1333年 7月 26日
本文 左弁官下 〈大宰府〉
 応下知管筑前国、除高時法師党類以下、朝敵与同外、諸国輩当時知行地不可有依違事
右、大納言藤原朝臣宣房宣、奉 勅兵革之後、士卒民庶未安堵。仍降 糸綸被救牢籠。而万機事繁、施行有煩。加之、諸国輩不論遠近、悉以京上。徒妨農業之条、還背撫民之儀。自今以後所被閣此法也。然者除高時法師党類以下朝敵与同輩之外、当知行之地、不可有依違之由、宜仰五畿七道諸国、勿敢違失。但於臨時 勅断者、非此限者、府宜承知、依 宣行之。
  元弘三年七月廿六日   大史小槻宿祢
少弁藤原朝臣
(裏書)「藤原氏女〈字伊毛女〉申、当国土穴村地頭職当知行事   (花押)」
読み下し 左弁官下す 〈大宰府〉
 応に管筑前国に下知すべき、高時法師党類以下、朝敵与同を除くの外、諸国の輩の当時知行地依違あるべからざる事
右、大納言藤原朝臣宣房宣す、勅を奉るに兵革の後、士卒民庶未だ安堵せず。仍つて 糸綸を降し牢籠を救はる。而るに万機事繁く、施行煩ひあり。しかのみならず、諸国の輩遠近を論ぜず、悉く以て京上す。徒らに農業を妨ぐるの条、還りて撫民の儀に背く。自今以後此の法を閣るる所なり。然れば高時法師党類以下朝敵与同の輩を除くの外、当知行の地、依違あるべからざるの由、宜しく五畿七道諸国に仰せ、敢て違失すること勿れ。但し臨時の 勅断においては、此の限りに非ず者れば、府宜しく承知し、宣に依つてこれを行へ。
  元弘三年七月廿六日   大史小槻宿祢
少弁藤原朝臣(中御門宣明)
(裏書)「藤原氏女〈字伊毛女〉申、当国(宗像郡)土穴村地頭職当知行の事   (花押)(菅原在登)」
大意 官宣旨を大宰府に下し、管内の筑前国に、北条高時与同の者を除き、諸人当知行の地を保証する。
紙質 楮紙
寸法(縦) 32.1cm
寸法(横) 44.3cm
備考 正誤表により、「当地行」を「当時知行」に訂正。
出典 『宗像大社文書』第1巻